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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5902号 判決 1973年3月30日

原告 渡辺三郎

右訴訟代理人弁護士 吉村俊信

被告 大場忠治

右訴訟代理人弁護士 堀場正直

同 堀場直道

主文

本件は昭和四七年九月六日訴の取下げにより終了した。

昭和四七年九月一一日付書面による口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

本件につき、昭和四七年九月六日当裁判所に別紙のごとき取下書(以下「本件取下書」という。)と題する書面が提出され、当裁判所はこれを本件訴訟についての被告の同意ある取下げの書面と解して、本件訴訟はこれにより取下げられて終了したものと扱ったところ、原告訴訟代理人より昭和四七年九月一一日付書面で右取下げは無効であるとの理由で期日指定の申立てがなされた。そこで、当裁判所は本件取下書による本件訴訟の取下げの効力について弁論を制限し、審理した。

一  原告の主張

(一)  本件取下書には事件番号が表示されているのみで、係属している裁判所名、事件名の表示がないから事件の特定が不完全であるし、宛先である裁判所の表示もない。かかる記載の不備な本件取下書によっては、訴の取下げの効力は生じない。

仮に本件取下書の記載に不備な点がないとしても、右書面は被告に送達されていないから、これによっては未だ取下げの効果は生じていない。

(二)  本件取下書は、次に述べるように、原告が被告の不法行為又は信義則に反する行為の結果作成したものであるから、本件取下書によっては訴の取下げの効果は生じない。すなわち、原告は、被告が原告所有の建物に設定した抵当権の実行のためになした競売申立につき、昭和四七年七月一七日被告に対し、債務完済を理由に右競売申立を取下げるよう懇請したところ、被告から右申立の取下げをするから、そのために必要な取下書を書くようにいわれたので、右申立の取下げに用いられるものと信じ込み、すべて被告の指示どおりを記載した本件取下書を作成した。本件取下書に表示されている事件番号も右競売事件の事件番号と信じていた。被告のかかる行為は原告を欺罔する不法行為又は信義則に反するものである。

(三)  仮に前記(二)の主張が認められないとしても、原告は前記競売事件の取下げに必要であると誤信して本件取下書を作成したのである。従って、これによる本件訴訟の取下げは錯誤に基づくものであるから、原告はこれを撤回する。

二  証拠関係≪省略≫

理由

一  本件取下書の形式上の瑕疵及び送達について

訴の取下書は、該書面に原告が当該訴訟を取下げる旨の裁判所に対する意思表示が記載されていることがうかがわれれば適式であると解すべきである。これを本件についてみれば、本件取下書には、当裁判所係属の本件訴訟と同一の事件番号である「昭和四七年(ワ)第五、九〇二号事件」の表示及び本件訴訟と同一の当事者である渡辺三郎及び大場忠治両名の住所氏名の表示とその名下に捺印があり、かつ「右事件を取下げる。」旨の記載があることが認められ、また、本件取下書が昭和四六年九月六日当裁判所に提出されたことは当裁判所に明らかである。この事実によれば、本件取下書は、事件名、係属裁判所、宛先の表示を欠いているが、原告である渡辺三郎が被告である大場忠治の同意を得て本件訴訟を取下げる旨の裁判所に対する意思表示を記載した書面であると認めて差支えないものというべきである。

次に原告は本件取下書が被告に送達されていないから取下げの効力が生じない旨主張するが、本件取下書は前記のように被告の同意を得て本件訴訟を取下げる旨の原告の意思表示を記載したものと解され、かつ後記のように右同意は被告の真意に出たものと認められるから、改めてこれを被告に送達する必要がないことはいうまでもないところである。

二  不法行為又は信義則違反及び錯誤について

≪証拠省略≫によれば、本件取下書は昭和四七年七月一七日又は一八日に原告が被告方で全部これを記載し、各自がその名下に捺印したものであることが認められるところ、原告主張の(二)及び(三)の事実については原告本人尋問の結果中にこれに符合する部分も存するが、これを否定する被告本人尋問の結果と対比すると、右部分はたやすく措信することができず、他に原告主張のような不法行為又は信義則違反及び錯誤をうかがうべき資料はない。かえって、≪証拠省略≫によれば、原告は被告と話合いの結果本件訴訟を取下げることとし、その意思の下に本件取下書を作成し、被告もこれに同意し本件取下書に捺印したので、これを被告に預け裁判所への提出方を委ねたことが認められるのである。

三  他に本件取下書による本件訴訟の取下げにつきその効力を否定すべき事由も見出しがたい。よって、原告の昭和四七年九月一一日付書面による期日指定の申立ては理由がなく、昭和四七年九月六日本件取下書の提出により本件訴訟は終了したものというべきである。そこで、口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

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